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4話 宛先

Author: YuIm
last update Petsa ng paglalathala: 2026-10-28 18:56:48

真帆から連絡が来たのは火曜日の朝だった。来週公開予定の47話に修正してほしいところがあるという。

[紬さん、47話の表情の修正について、少しお電話できますか?]

紬はカップを机の奥へ押し、電話をかけた。完成したファイルを送っても、それで終わりではないとわかっていた。それでも、自分宛てに届いた依頼を見ると、少し気持ちが変わった。

「最後に女の人が顔を上げるコマがありますよね」

真帆は挨拶の後、すぐに原稿の話に入った。

「はい」

「涙を少し減らしてもらえますか? 男の人が戻ってきたというだけで、気持ちがほどけたように見えるので」

紬はファイルを開いた。最初にネームを切ったとき、直人に説明した部分だった。そんなにすぐ気持ちがほぐれるのは違うと言ったのに、その後の修正で女の目元を明るくしすぎていた。

「光を少し減らせばいいと思います。泣いているわけではなかったので」

「私もそう読んだんですけど、スマホで見ると涙みたいで」

「元のファイルで直してみます」

真帆は少しためらってから続けた。

「今日いらっしゃれるなら、一緒に見られるといいんですけど。単行本のイベントに使う画像も確認しないといけなくて」

「直人さんも来ますか?」

「午前中は別の予定があるそうです。代わりに紬さんが資料を持ってきてくださると聞きました」

紬はカレンダーを見た。空けておいた午前だった。自分の原稿を読む時間にしようと、昨夜その欄に線を引いておいたのに、そこへ制作会社の住所が入った。

「何時までに行けばいいですか?」

制作会社の受付で訪問の目的を告げると、社員が名簿を確認した。紬の名前をもう一度尋ねた後、電話をかけるために奥へ入っていった。

ガラスのドアの横には『水のほとり』のポスターがかかっていた。絵の下に直人の顔写真と短い経歴が添えられている。紬は経歴よりもポスターの端を見た。印刷が濃く出たせいで、原画では見えていた窓枠の影が少しつぶれていた。

「朝倉直人先生の奥様でいらっしゃいますよね?」

戻ってきた社員に入館証を差し出され、紬は、はい、と言って受け取った。受付で朝倉紬と名乗ったのに、入館証の所属欄には「朝倉直人先生のご家族」と書かれていた。

真帆が会議室のドアを開けてくれた。壁際のモニターには紬が送った原稿が映り、テーブルには印刷された絵が順番に並んでいた。

「お越しいただいてありがとうございます」

「修正して持ってきました。ここで一度見てください」

紬がノートパソコンをつないだ。女の目の下の白を少し減らし、顔の角度を変えたコピーが画面に映った。涙のように見えていた部分がなくなると、同じ顔がずっと静かになった。

真帆はスマートフォンでも絵を開いた。

「こちらのほうがいいですね。でも、男の人の手は、もう少し隠れていてもよさそうです」

「ここですか?」

「はい。自分から先につかもうとしているように見えるので」

「受け取ろうかどうか迷っているところだったんですけど」

紬は画面を拡大した。指先が傘の持ち手に近すぎた。大きな画面では離れて見えた動きが、スマートフォンでは重なって見える。

「手を後ろに下げたら、男の人の顔をもう少し入れないといけないかもしれません」

「いっそ入れないのはどうでしょう?」

真帆の言葉に、紬は絵を見下ろした。男の顔を隠しても、前の場面の視線が残っている。紬は手を少し後ろへ移し、最後のコマの余白を縮めた。

紬は直した原稿をスマートフォンで開き直して読んだ。次のコマで指が止まる。

「こんな感じですか?」

「いいですね。こちらのほうが、先を待ちたくなります」

紬は前の場面までさかのぼって見た。場面を説明する言葉が途中で遮られなかったのは久しぶりだった。もっときれいにしてほしい、じれったさを減らしてほしいという注文ではなく、どちらが先に手を伸ばすのかを一緒に見ていた。

「前は何でも言葉にしようとしすぎてた気がします」

紬が言った。

「絵でわかるのに、セリフもつけたりして」

「最近はずいぶん削っていらっしゃいますよね」

真帆は前の回をめくって比べてくれた。吹き出しをなくした場所と、残しておいた動きが目に入る。紬は数か月前の自分の絵を見ながら、誰かの説明を聞くことで、新たな一面が見えてくる気がした。

会議室の外から別の社員がドアをノックした。

「橘さん、先生のイベントの進行案を確認してください」

「そこに置いてください」

社員は印刷物をテーブルに置きながら、紬にも笑いかけた。

「ご主人のイベントですから、いろいろ気を使われますよね。当日もいらっしゃるんでしょう?」

「はい」

「直人先生、奥様のお料理がお上手だって、ずいぶん自慢なさってましたよ」

紬は手に持っていたペンをノートパソコンの横に置いた。どう答えれば自然だろうと少し考える間に、社員はキッチンで撮った直人の写真の話をした。前のインタビューで評判がよかったという。

真帆はその話が終わるまで書類を整えていた。社員が出てドアが閉まると、再び原稿の画面に戻った。

「修正はこのくらいで大丈夫そうですね」

さっきの会話があまりにも簡単に途切れた。紬は答える代わりにノートパソコンを少し引き寄せた。

「橘さん」

「はい」

「今度、原稿の話をするときも私が来てもいいですか?」

真帆が紬を見た。

「直人さんの代わりとしてじゃなく、私が」

会議室の空調から風が出る音が聞こえた。真帆は手にしていた進行案を置いた。

「私は紬さんとお話しするほうが早いですよ。今みたいに」

「でも、外では私が何をしているのか、誰も知らないみたいで」

「実際の作業については私が知っていますよ」

紬はその言葉の続きを待った。真帆はそれ以上何も言わず、進行案の次のページをめくった。さっき社員が自分を奥様と呼んだときも、原稿を誰が直したのか知っている人はこの部屋にいた。

「今日修正したものも、私のメールから送っておきます」

紬が先に言った。

「確認のお返事を、そこにいただけますか?」

「作業の連絡はそうしますね。最終確定は先生のアカウントにも送らないといけませんけど」

真帆は先生と言ってから、水を一口飲んだ。誰を指しているのか、聞き返す必要はなかった。

イベントの進行案には、舞台の後ろの画面に映す絵と質問の一覧が載っていた。紬は見慣れた場面に印をつけた。『水のほとり』で、女がドアの前に長靴を脱いで置くコマだった。

「これは画面をもう少し上まで見せてもらえるといいです。上にかかっているタオルが見えないと、前のセリフにつながらなくて」

「元の画像を送っていただけますよね?」

「探して一緒に送ります」

「いつも細かいところまで見てくださって、ありがとうございます」

紬はその言葉に顔を上げた。真帆は本心で言っているようだった。だからこそ、さらに何を求めればいいのかわかりにくかった。感謝されたその場で名前まで言ってほしいと頼んだら、すでに受けた好意もわからない人に見えそうで、ためらった。

ノートパソコンを閉じる前に、紬は修正したコピーをもう一度保存した。ファイル名の末尾にその日の日付をつける。いつもどおり日付だけを書いて保存したのに、今日はさっき頼んだ返事が待ち遠しかった。

家へ戻ると、直人が先に帰っていた。リビング脇の広い仕事部屋のドアが開き、机の上には撮影用の照明が1つ置かれていた。

「どうだった?」

「修正を確認したよ」

「たくさん直した?」

「最後の2コマ。それからイベントで使う画像の話もした」

「よかった。俺、原稿の説明が一番苦手なんだよな。言葉にするとうまくいかなくて」

紬はバッグを下ろしてコートを脱いだ。真帆と話したことを聞かせたかった。男の顔は入れないほうがなぜいいのか、画面を縮めると手がどう違って見えるのか。

「女の人の目に入れた光を減らしたら……」

「ああ、それは橘さんがまとめて送ってくれるって」

直人は照明のスイッチを入れた。壁に向けた光が仕事部屋を明るくした。

「これ、影が強すぎない? イベントの前に短い動画を撮らなきゃいけなくて」

紬は彼の指すところを見た。顔の片側が白く飛んでいた。

「少し横に向けて。一度、壁に当てるように」

直人が照明を回すと、影が柔らかくなった。彼はスマートフォンで試し撮りをして、満足そうにうなずいた。

「君がいないと、こういうのはできないな」

直人は試し撮りの動画を見直し、照明のほうを向いていた。紬はバッグの持ち手を握り直した。目元の光を減らした話はとうとうできないまま、廊下の突き当たりへ向かった。

仕事部屋に入り、修正ファイルとイベント用の画像を整理した。昔の元データを探すうちに、古いメールの保管フォルダーも開いた。似た件名のメールが長く続いていた。

その中の古い返信には、紬の名前が書かれていた。

今回の原稿も受け取りました、紬さん。

お送りいただいた2つ目の案で進めます。

紬は日付と添付ファイルを確認した。真帆がもっと頻繁に直接連絡をくれていた頃のメールだった。直人のアカウントのものだけ保管しておけばいいと思い、個人の受信箱は長いこと開いていなかった。

あの頃も同じ仕事をしていた。今より不慣れで説明も長かったが、少なくとも、受け取った人は誰に返事をするのかわかっていた。

紬はメールを消さず、元のまま保存した。添付ファイルを修正したコピーと混ざらないよう、フォルダーを分けた。古い外付けドライブはときどき接続が切れるので、ファイルをすべて移してからもう一度開いてみた。

今日の修正版も自分のメールから送った。宛先は橘真帆、件名は47話の修正版。直人には提出用のファイルを別に送った。

しばらくしてスマートフォンが鳴った。

[今月、必要なものがあったら買って。少し多めに入れておいた]

直人のメッセージの下に、入金通知が重なって表示された。紬は返信欄を開き、机に置いた新しいペンの替え芯を見た。それはもう自分で注文し、今日届いたものだった。

[うん。確認したよ]

それだけ送った。

パソコンでは、修正版の送信完了表示が消えた。紬はメールの保管フォルダーを閉じ、自分の絵が入ったフォルダーを開いた。今日どこかで聞いた言葉をメモする。

先につかもうとしているように見えます。

登場人物がどんな気持ちで手を伸ばしたのか、読む人には違って見えることもある。紬は自分の短い漫画でも、片方の手の位置を後ろへずらした。すぐに公開するつもりがなくても、直したい部分はあった。

***

真帆は退勤前に最後のメールを書いていた。

紬のアカウントから受け取った修正版をもう一度開く。画面を縮め、上へ送りながら読んでも、人物の気持ちがよくつながっていた。さっき原稿を見ている間だけは、誰の妻が会議室に来たのかを考える必要がなかった。

真帆は返信欄に書いた。

紬さん、修正原稿を確認しました。

本日お話しいただいた方向で反映します。

CC欄に直人のアカウントを入れようとして、手が止まった。最終承認の連絡は自分にほしいと言っていた彼の言葉を思い出した。紬と別に作業の話をしていることは知りながらも、完成したという返答には、自分の名前を入れてほしがった。

真帆は紬に短い受信確認を送った。受け取って確認中だという、どこにも嘘のない文だった。

そして最終確定のメールを新たに開いた。

今書いた文を移し、一番前の名前を消した。

朝倉直人先生。

真帆は書き直した呼びかけを一度読み、送信ボタンを押した。

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